2019.11.24

俺たちThe R.O.X&Gently Weeps Orchestraがロックンロールヒーローだ。10周年渋谷WWWワンマンライブに想いを寄せて【赤盤】

俺たちは16人組のロックバンド、The R.O.X&Gently Weeps Orchestraである。俺たちは先日11月10日(日)渋谷WWWでワンマンライブをした。1年間ずっとずっとこの日だけのために頑張ってきた。

結果的に言うと「満員」だった。

まずは皆さんに御礼を言わせてください。本当にみんな、ありがとうございました。ありがとう以上の言葉ってこの世にないんですかね、本当にありがとうございました。生まれてきてよかったです、俺。
っと、自身の人生において大きなマイルストーンとしてここに記録を残すことにする。よかったら読んでやってくれ。
俺たちは家族だ。

今の俺たちThe R.O.X&Gently Weeps Orchestra

The R.O.Xは今年で10周年だ。3年ほど前から俺はバンド名をThe R.O.XからThe R.O.X&Gently Weeps Orchestraに改名した。バンドにとってリブートと呼んでいいだろう。The R.O.X&Gently Weeps Orchestraの構成はこうなっている。

・正式メンバーはThe R.O.Xのみ
・Gently Weeps OrchestraはThe R.O.Xのサポートメンバー
・その数に上限はない
・選ぶ条件はThe R.O.Xが面白そうと思ったメンバー

この4つだ。Gently Weeps Orchestraは現在15名だ。こんなに集めたのもメンバーの脱退が沢山あり「もうめんどくせーからめっちゃ集めてやらるぁーと」半ばやけくそになったのもあった。寂しいから沢山いたら楽しくね?のような自分勝手な部分もあった。途中メンバーの脱退もあった。復帰もあった。

そして今、俺たちは16人いる。

渋谷WWWは投げ銭ライブだった。

でかい箱押さえたいから会社を作った。東京饗宴は企業だ「株式会社東京饗宴」だ。なんで起業したかって「やりたいことやりてー」からだ。意識も低いしビジネス感も薄い。企業にすればデカい場所でできるからだ。組織が組織めく楽しさ、だ。完全にノリで会社つくった。世の中の経営者の皆さんほんとすみません。

なぜ今回、投げ銭制にしたか、答えは簡単だ。「人が沢山来てほしい」からだ。きれいごとを抜きにすれば人が集まれば俺はいいのだ。

なぜか。俺が音楽活動をする意味は大勢の前で自身の作った音楽を演奏することこそ、真の表現活動だとおもっているからだ。大勢の前で披露する音楽は気持ちがいい。もっとも自分が輝くことができるのは、己の最大の快楽は大勢の人が目の前で演奏をすることだ。つまり、俺にとって音楽はあくまでその「手段」にすぎないのだ。

よって今回のワンマンライブは投げ銭とした。

人をたくさん呼びたい、というのが前提だが、投げ銭は表現活動・無形の価値にいくらお金を出してもらうか、という挑戦でもあった。

周りやメンバーの意見は聞かなかった。一種の勘で、これなら自分がガムシャラに頑張れる、と思えるほどの価値が「投げ銭ライブ」にはあった。正直に「面白い、楽しそう」と思った俺はすぐにこの制度を採用した。

俺は基本的にこれと言って「欲しいもの」がない。服も好きだしCDも好きだしカメラも好きだ。車も欲しくないし家を買う予定もない。どうしても欲しいものではないのだ。その時、なにが欲しいかと考えると、俺がほしいものは「デカいステージと大勢のオーディエンス」、つまり「栄光」だった。だから例え赤字でも怖くもなんともなかった、つまり「買い物」である。

 

ライブ決行までの1年間

寄せ集めだった

昨年、結成したThe R.O.X&Gently Weeps Orchestraのメンバーは、会社勤めの社会人や音楽で生計を立てているミュージシャンなどさまざまだ。正直ここの軋轢というものは少なからずある。だが、舞台に上がれば同じミュージシャン。アマチュアだろうがカネをもらう以上はプロだ。みんな同じプロミュージシャンなのだ。

下は22歳上は37歳までの16人の男女、これを取り仕切るのは一苦労だ。もともと俺は譜面を書けないし小節とかもほとんどわかってない。そもそも集めてどうしよう、と思っていたのは事実。つまり寄せ集めだ。

そしたらアコーディオンの藤井(Puji The R.O.X)がバンマスを引き受けてくれた。藤井はロックスの大きい舞台には毎回出演してくれる最古参メンバーだ。っていうか30代になってからずっと苦楽を共にして遊びまくって呑みまくっている兄弟だ。適任である。本当にいつも助かってるよ。ありがとう。

バンドはライブの機会を増やした。三軒茶屋ヘブンスドアを中心にイベントの出演やレコーディング、フェスのオーディションなど立て続けに活動を重ねた。各々の技術の向上、バンドのレベルは確実にアップした。

失礼なことをいうけど演奏の技術に差がありすぎた、というのが当初。でも練習に練習を重ねてほんとうにマジでみんなうまくなった、そしてもう寄せ集めでは亡くなった。俺たちは立派なロックバンドだ

最大の問題は集客

「WWW実行委員会」というものを設立し、毎月どこかで進捗を確認し、来るべき日に備えた。最大の問題はいかにデカ箱を客で埋めるかだ。

集客はメンバーに頭を下げてお願いした。「間違いなく忘れられない夜になる」集客についてはこだわりたかった。俺は俺だけのバンドになってほしくない、みんながいてこそのThe R.O.X & Gently Weeps Orchestraだ。当事者意識をもってほしかった。もっともっとThe R.O.X & Gently Weeps Orchestraを好きになってほしかった、だからお客さんを呼んでほしかった。正直ライブの誘いのメールなんて送りたくないのは百も承知だ。ただ「バンド活動をする以上、客を呼ぶのは当然」というのが俺のバンドの方針だ。

ミュージシャンの最大の仕事は「いい音楽」をつくることだ。だが次に大事なことは、その「いい音楽」を人に聴いてもらうことだ。一生懸命練習して作った曲を人に見てもらわないと意味がない、おれはそう思っている。それをたぶんみんなわかってくれて各々集客を頑張ってくれたことは本当に大きい。ありがとう。

近づく本番と謎の自信

9月に入った。上旬にメンバーみんなと近しい友人たちとトロンボーンのマッキー(Beer Monster The R.O.X)の家族が保有する山小屋で「真樹ロックフェスティバル」を開催してめちゃめちゃ楽しかった。じょじょに俺がずっと思い描いていた世界ができてきた。不安がワクワクに変わっていくことを徐々に噛み締め始めた。

9月中旬、1年半ほどバンドを離れていたタムリン(Tamrin The R.O.X)がまさかのバンドに復帰した。このころから俺は不安が一切なくなった、怖いものがなくなった。「このライブ、絶対満員だろ、絶対に成功する」と大して根拠もない自信が生まれるようになった。もはや成功するのはわかっているからどれくらいの成功を得ようかな、くらいの勢いだった。

根拠というならば、経験則。2013年に決行した渋谷クラブクアトロ全自腹ロックフェスに似ている。どこに行っても「もうすぐだね、頑張ってね、絶対いくから」「頑張ってるね、久々に行くよ」「友達と行くね、頑張って!」どこに行っても俺はチヤホヤされた。俺はただ自分勝手に好きなことしてるだけなのに。

みんなが温かいのだ。泣くほど嬉しい。これはそう、あの時の感覚、バンド内の空気感、周辺の空気感が明らかにそれに似る。あのときのあの感覚がこの時期に取り戻せたのは大きい。

10月に入りいよいよバンドもイベントの制作も架橋に入った。毎週必ずリハに入り、制作物やグッズもタケオリ(Ori The R.O.X)、タマちゃん(Echo The R.O.X)と話しに話して決めた。タケオリはVJも依頼し、制作物も全てつくってもらい、かなり頑張ってくれた。本当にありがとう。会場との調整、レイアウト、台本制作、マニュアル制作、スタッフ手配、音響、映像、物販制作・仕切り、集客、広報、もはや俺たちがやってることはイベントの制作、ライブ制作会社と全く同じことをしていた。音楽以外にメンバーだけでイベントチームで制作ができていたのだ。

念願だったファーストアルバムもできた。聞いた時嬉しすぎて少し泣いた。

※みんな買ってくれ!

この頃になるとメンバーそれぞれバンドの中の立ち位置が言わなくてもわかってきてくれた。四角形だったバンドが十六角形にくっきりとなっている。当初16人のボヤっとしていた足元が二本足でしっかりと地面を踏んできている。

こんないいもの、成功しないわけないじゃん。

本番が2週間を切ると「愛しき尊き日々がもうすぐ終わってしまう、ワクワクが終わってしまう」寂しさがそこにはあった。

だがその時間も終わらないと始まらない。

いよいよ本番だ。俺たちがヒーローになる日がきた。

長くなってきたから【赤盤】は以上!【青盤】へ続く