2018.02.2

【短歌しない?】『荒井の妄想一首評』:香りに関する昔話

時間の経過、誰かとの記憶は何でもない日常にこそ顕れるものなのかも知れません。

 

これはシャンプーとコンディショナーの減り方が違う、という事実を伝えるための歌でしょうか。んなわけない。

 

たぶん、誰かと半同棲みたいな感じで暮らしていたんでしょうね。

シャワーを浴びるときは、シャンプーだけ。コンディショナーは使わない人と。

その人はおそらく短髪の男性でしょう。

だからシャンプーだけを買い足す頻度が多かった。コンディショナーは私しか使わないから、あんまり減らない。

当時はそんなこと、気にしたことなどなかったはず。それが当たり前になっていたでしょうから。

 

でも、その人が去った後ですよね。

その事実を直視してしまった時、あろうことかそこに過去を見出すようになってしまいます。うすうす気づいてはいたけど。

 

と、こんな調子でストーリーができてしまう。この31音で。

 

身につけるモノなんかもそう。

それ自体が物語るというよりは、それによって引き起こされる動きやクセ。

腕時計、ネックレス、ピアス、指輪、などなど。

一度腕時計を見るクセがついてしまうと、着けなくなってからもしばらくは腕時計を見る仕草をしてしまいます。何にもないんですけどね。

そしてそれが、自分にとって大切な人からの贈り物だったとしたら、その存在を想起せざるを得ません。

でも不思議なことに、そのクセが出る頻度と記憶の強さは比例しているような気がします。

だから、そのクセがなくなったり、新しいクセが身についたりしたと同時に、その人のことも頭の片隅に追いやられていく。

一応、削除や上書き保存はできるわけです。

 

一番厄介なのは香りですよ。

香りによって引き起こされる記憶は、なんだってあんなに鮮明なのでしょうか。

強烈。一瞬で時間が巻き戻ったような状態になる。

と同時に、そこから全力で逃げ出したくもなる。困った。

さらに困ったことに、上書き保存ができない。

「名前をつけて保存」しかできないし、削除してもなぜかことあるごとに復元されてしまう。

 

少し荒井の話をすると、荒井にも恋人がいた時代がありまして、あれは平安時代だったか、恋人の香りとか手作りのお菓子の匂いとか、なぜかたまにふっと思い出してしまいます。気持ち悪いでしょ。

 

でも、それ以上に痛烈に残っているものがありまして、それが菊の花の香りです。

あれは小学校低学年でしたかねえ、祖父の葬儀がありましてね。

棺の中に、菊の花を添えるじゃないですか。全然覚えていないですが、祖父の冷たくなった顔に触れたような気もします。親に「最後だから、触っておきな」とか言われて。

棺の中の祖父の顔を見たその時の映像だけは、今でも鮮明に覚えているんですよ。

それで、話はこれで終わらなくて、その後ですね。

 

葬儀からどれくらい経っていたか分かりませんが、ある時いつものように学校の校庭で遊んでいました。サッカーかバスケか、何かしらの球技をしていたと思います。

が、突然、あの時の菊の香りが鼻をついたんですよね。

何でか全く分かりませんが。

それで、急に気分が悪くなって、そのまま校庭で吐いてしまったんです。

トイレまで走ろうと思いましたが、当時は何かの工事中で機材が校庭に置かれていて、かなり遠回りをしなくてはならなかったんです。

まあ、それはどうでもいい情報ですが、そんな感じでそれから菊の香りが苦手なんですよね。

で、まさにこれなんかも、上書き保存ができないし、消せないんです。

というか、消したつもりでも、消えてくれない。

 

勢い余って昔話をしてしまいました。

話を短歌に戻しましょう。

シャンプーとコンディショナーの場合、違う製品に変えれば僅かでも記憶から遠ざけることができるかも知れない。

でも、難しいでしょうねえ。違う種類のシャンプーやコンディショナーを使ったとしても、髪を洗うという行為自体が、この記憶を呼び起こすことになるでしょうから。

ああ、困った。

 

というか、でも、忘れようとすることが無駄なのかも知れませんね。

紛れもなく生活の一部だったわけですし、いまの自分を作った要素でもあるわけですから、何でもない日常に根ざしてしまっている以上、逃れられないものなのでしょうねえ。

背負って、そして物語として話す(書く)ことができた時に、一つの区切りをつけることができる、という感じだと思います。

それが、短歌とかいうものになったりするんじゃないかと。

そういうものがあっても良いのではないかと、思うわけです。

 

振り返って、今回すっげえシリアスな文章になっちゃいましたね。

前半あたりまでは書こうと決めていた内容ですが、香りについて書き始めた時に、普段は開けないドアを開けてしまったみたいです。

 

●文/歌人・荒井貴彦
大学一年生の時に短歌を詠み始めました。主な源泉は寂しさです。 最近はもはや、短歌にすがりついている感すらありますねえ。 「荒井の随筆」というブログで自作短歌を公開中です。