500種の黒鉛筆ですか。
想像つきませんが、でももしそれがあったら、何を描きましょうか。
しかもその素材は炭素と粘土ではなく、闇。人間が抱える闇。
なかなか面白そうじゃないですか。
東京や日本に住んでいては一生知ることができないであろう闇から、「隣の席のやつがうるせーな」とかいう大した事ない闇まで、もう何でも揃っています。
「肉親を憎んでしまう闇」の鉛筆ですか。ありますよ。
「かつてはあれほど愛していた人なのに、いまでは殺意すら覚えてしまう闇」の鉛筆ですか。ありますとも。これは結構人気がありますよ。
入荷しても、ささっと売れてしまいます。
「犬の糞を踏んでしまった時の苛立ちを混ぜ込んだ闇」ですか。それも、もちろん。
だけどこれは初心者用です。
人が人に対して抱える闇。
やはりこれを使い分けることが、特に良い作品を生むんです。
写実画ってありますよね。写真と見紛うほどリアルな絵。
ああいうのをこの鉛筆で描くと、もうその違いがはっきり出ますよ。
一度手にしてしまうと、他の鉛筆に乗り換えるのは難しいかも知れません。
これはただの私の願望ですが、ぜひ美人画を描いてほしいですね、美人画。
種類は、そうですねえ、「嫉妬」シリーズか「依存」シリーズの鉛筆が良いですね。
「嗚咽」が混ざっていてもいいかも知れません。
とても良い感じに仕上がるはずです。
すみません、つい余計なことを話してしまいましたね。
あまり気にしないでください。
ところでどんなものを描かれるんですか?この闇で。
「夢」ですか。それはそれは、珍しい。
人間の闇で描いた夢は、さぞ美しいでしょうね。とても楽しみです。
ついでに、消しゴムも売っていますので、よかったら見ていってください。
あそこの角のところです。
こちらも色んな種類がありますから、きっとお目当てのものがあるはずです。
だけど、あんまり強い種類を選ぶと、人によっては手がかぶれてしまいますから、気をつけてくださいね。
消しゴムも筆記用具であることを希望と呼んでおかしいですか
(岡野大嗣「ショートホープ」『サイレンと犀』)
では、ごゆっくりと。
●文/歌人・荒井貴彦
大学一年生の時に短歌を詠み始めました。主な源泉は寂しさです。 最近はもはや、短歌にすがりついている感すらありますねえ。 「荒井の随筆」というブログで自作短歌を公開中です。