2017.12.23

【短歌しない?】『荒井の妄想一首評』:街を繋ぐ一枚、と私

これはSuicaとかPasmoとかですよね。

あれに利用駅の名前が印字されて「定期券」になると、ちょっとした優越感、なのかなあ、急に世界が広がったような気になりますよね。

実際、ピッてやるだけで辿り着ける場所が増えるので、世界はちゃんと広がっているんですよね。

終電さえ逃さなければ自由にアクセスすることができるんですよ。なんかやっぱ、素直に嬉しいですよね。

 

さてこの歌は、そんな通勤定期券を誰かが落としてしまったようですね。

そしてそれを見つけただけか、拾ったのか。印字されている駅名も目にしているような感じなので、拾い上げたんでしょうね。しかもこれは雑踏の中にあって、他の人が拾い上げてもいいはずなのに自分が拾ったんですね。

そしたら、自分が降りたことのない駅名が書かれていた。なんだかわくわくしてきますね。

聞いたことはあるけど、一度も降りたことない駅名が書いてある。それはどんな街でどんな人たちがいるんでしょう。そして、そこを行き来するこの人は誰なんでしょうかねえ。色んな想像をしてしまいます。

 

荒井の場合、定期券を拾ったことは記憶にありませんが、電車やバスの中で、定期券をカバンとかにぶら下げて持ち歩く人いるじゃないですか、それをたまたま目にして想像を巡らせることがあります。

この場合は持っている人がそこにいるので、なんでその駅に行くんだろうとか、遊ぶならあの駅だろうなとか、軽いストーキングにも近くなるような妄想をしてしまいます。

えぇっ、この人、こんなところからそこ行ってんの…!? 名前は聞いたことある気がするけど降りたことはないなあ、うそ、1時間半かかるじゃん…。でも服装はあっちに染まってる感あるな、もしかしたらほんとはそこから抜け出してあっちに住みたいとか思ってるのかなあ、うん、多分そうだろうなあ。

この人は…えっ、この駅は知ってるぞ、案外ウチと近いなあ、しかも降りる駅もすぐじゃん。行動圏せまっ!定期圏外にはあんまり行かなそうだなあ、家の中で趣味に浸かるタイプかしら…。

いえいえ、荒井は至って真面目に書いてますので、ご安心を。前科もありません。

何気なく使っているものなのに、他人のものとなるといろいろ想像してしまいます。

 

たかが定期券、されど定期券。

そこには生活、はたまた人生までもが投影されているのかも。

●歌人・荒井貴彦