2018.05.27

【短歌しない?】『荒井の妄想一首評』:それでも空の明るさを言う

天気がすごく良いです。
荒井、雲ひとつない空って苦手なんですよ。
なんか無性にムカついて来ませんか。来ませんよね、そうですよね。
ところでみなさん、さすがにもう5月病からは抜け出せたでしょうか。
え?一年中5月病みたいなもんだよって?
そりゃ良かった。そんな時にちょうどいい歌集があるんですよ。

いや、壮絶……

というわけで、今回は鳥居という歌人の『キリンの子』という歌集を取り上げます。鳥居さんについて簡単に紹介しますね。
両親の離婚にはじまり、目の前で母が自殺、養護施設での虐待、ホームレス生活、またも目の前で友人が自殺、鳥居さん自身も自殺未遂経験者。
いや、まじか。。。
あまりにも壮絶で言葉が出ません。
鳥居さんの歌集は、そういった経験をもとに歌が綴られています。
正直に言うと、ショッキングな歌が多いので、ここで載せられるようなものはあまりありません。
ただ、この歌集のすごいところは、鳥居さんの経験自体もそうなんですが、絶望的な状況だとしても「よく見ていた」ということ。
母の自殺、友達の自殺、虐待などなど。普通なら記憶から消し去りたい出来事ですが、そういう状況、光景を見事に、生々しく歌にしています。

唯一、意志が表れた歌(たぶん)

学校のみんなに友はいじめられそれでも空の明るさを言う

鳥居さんは絶望的な状況をくぐり抜けて来ているわけですが、『キリンの子』には「それでも強く生きよう」的なメッセージ性や意志がはっきりと現れている歌はほとんどありません。
むしろ、絶望的な状況が恐ろしいほど淡々と、ですが生々しく描写されています。
いくつか例をあげます。
灰色の死体の母の枕にはまだ鮮やかな血の跡がある
透明なシートは母の顔蓋い涙の粒をぼとぼと弾く
左腕は便箋に似て横線が刻まれている白き傷あと
次々と友達狂う 給食の煮物おいしいDVシェルター
座れても寝られぬ大理石の椅子 零下の都市の舗道にならぶ
逆に淡々と綴られているからこそ、生々しさを感じます。
でまあ、さっき紹介した「学校の〜」という歌なんですけど、「あれ、意外とあっさりしてない?」と思うかも知れません。
この歌集には意志がはっきりと現れている歌はほとんどない、と書きました。
荒井がこの歌に注目したのは、意志が現れている数少ない歌だと思うからです。
もちろんこれ以外の歌には意志が感じられない、という意味ではありません。
むしろショッキングなシーンを生々しく描写すること自体が「生」への強い意志の表れだと感じますが、この歌にはそれが言葉としてしっかりと表現されていると思うのです。
いじめられていても空の明るさを口にする。
主語はいじめられている「友」ですが、その姿は養護施設での虐待を受けた経験のある鳥居さんとも重なる気がします。
だから、空の明るさを言ったのは「友」ですが、そこに鳥居さん自身の意志が現れていると感じるのです。
「勇気づけられる」なんて言ったらなんだか失礼な気がしますが、ただ、ここに登場する友のように、いかなる時でも「それでも」と抵抗する力を持っていたい。
ですね。

自分の言葉

追伸的な感じですが、最後に、『キリンの子』の解説で印象に残った言葉を書いておきます。
自分の言葉を持った人は孤独ではない
自分の言葉ってなんなんだって話になるかも知れませんが。
というか言葉に限らなくても良いと思いますが。
言葉でも音楽でも絵でも、何かしらの表現方法を持っているのは一つの武器になるんじゃないかと思っています。
●文/歌人・荒井貴彦
大学一年生の時に短歌を詠み始めました。主な源泉は寂しさです。 最近はもはや、短歌にすがりついている感すらありますねえ。 「荒井の随筆」というブログで自作短歌を公開中です