2018.03.28

MR.BIGに謝ろうと思う。パット・トーピー追悼への贐

MR.BIGの創設メンバーであるドラマーのパット・トーピーが先日死んだ。パーキンソン病の合併症だったようだ。64歳、早すぎる。私はMR.BIGに謝ろうと思う。それに気づかせてくれたのが奇しくも彼の死がきっかけとなった。なぜMR.BIGに謝る必要があるのか、今回はそんな話である。

MR.BIGってなんやねん

MR.BIG、言わずと知れた超絶技巧を誇るアメリカのハードロックバンドだ。大体、中学高校で洋楽をかじったことがある人間はこのMR.BIGを聴くものなのだ。ギターのポール・ギルバートの超絶速弾きテクニックを見た少年は「俺もこうなりてぇ」なんてぬかしてジャンプの裏表紙の広告「初心者エレキギターセット2万円」を購入したであろう。ベースのビリー・シーンの真似をしてあえて胸の位置にベースを吊り上げ、超絶技巧テクを真似ては挫折したであろう。ポップでハードな楽曲は、楽器をはじめた少年たちのスーパースター的存在だった。

ただBIG IN JAPANだった

「BIG IN JAPAN」この言葉をご存知であろうか。つまり、日本でしか売れていない海外のバンドを指す。この「BIG IN JAPAN」という言葉、確かにMR.BIGには当てはまってしまうのである。彼らが本国アメリカでチャートを騒がせたのはただの一度のみ、セカンドアルバム「Lean into it 」である。それ以降彼らは悲運な運命をたどり、やがてポール・ギルバートは脱退、後任としてバカテクのリッチー・コッツェンが加入したが、バンドは後に空中分解する。だが、本国は彼らを見放したが、見放さなかった熱心なファンが我が国には多くいたのだ。来日するたびに10公演以上を重ね人気は衰えなかったのだ。2009年、再結成後も彼らは日本で再結成ライブを日本武道館で決行。チケットはソールドアウトするほどの人気を誇ったのだ。これが「BIG IN JAPAN」である。

MR.BIGってだせえんじゃね?

ファンというものは時に残酷なものである。MR.BIGがあくせく本国でも活動を続ける中、俺ときたらあんな好きだったMR.BIGなど一切聞かなくなり、都会的でスタイリッシュなUNDERWORLDやオシャレでフレンチなTahiti80、骨太でパンクなRANCIDなんて聞きだしMR.BIGに熱狂していた過去を葬った。当時、持っていたiPodにMR.BIGが入っていることすら恥ずかしい、と思うようになっていたのだ。なぜならMR.BIGは「BIG IN JAPAN」だからだ。当時若かった俺は「邦楽などだせえ」という尖った意見を持っていた。邦楽を聴くことはカッコ悪い、邦楽なんて全部クソ、洋楽こそ本物の音楽。そんな風潮の俺はどうしても「日本でしか人気がないMR.BIGがださい」と思うようになってしまったのだ。なんて愚かな少年なんだ。

MR.BIGごめん

そして時は流れてパット・トーピーは死んだ。その時俺はMR.BIGの存在をようやく思い出した。「好きだったじゃないか」そうMR.BIGに憧れた「あの頃」のことを思い出したのだ。「パット・トーピー死んだんだって」友人から言われた。やはりそいつもMR.BIGに影響を受けた一人。お前も好きだったんだなあ。死んで数日後、部屋で片っ端からMR.BIGのアルバムを聴いた。

「なんてかっこいいんだ」

キレッキレのポール・ギルバートのギターソロ、それに引けをとらないビリー・シーンの超絶ベース、バランスのいいパット・トーピーのドラミング、シャウトが刺さるエリック・マーティン。懐かしい、懐かしすぎて、かっこいい、かっこよすぎる、なんだか泣けた。俺は自分の訳の分からない洋楽に対する自尊心によりMR.BIGを捨てた男だ。だから俺はMR.BIGに謝ろうと思う。

「MR.BIG、ごめんなさい」

MR.BIGはダサくなんてない。MR.BIGはかっこいい。MR.BIGはBIG IN JAPANだ、だからどうした。かっこいい音楽は売れていようが売れていまいが関係ないのだ。MR.BIGは多くのギター少年たちを生み出した偉大なバンドだ。

パット・トーピーの追悼を、心から。

●文/東京饗宴 編集長・ライター    ロックス
映画を中心に執筆活動中。得意なジャンルはB級〜Z級映画。勝手にその年の受賞作品を決める「輝け!日本ぬかデミー賞」を主宰。バンド活動、ウェブメディアの運営やイベント製作・萬屋経営など、マルチに活動中。