皆さんは「着物」と聞けばどこの文化と思い浮かべるだろうか? そう、わが国日本の伝統文化であることに疑いはない。先日実はこの「着物」において大事件が起きていたことはご存知だろうか? 着物の概念、日本伝統文化、文化の盗用、様々な問題が明るみとなったこの事件に着物コーディネーターさと氏に話を聞いた。
事の発端
キム・カーダシアンというアメリカのセレブをご存知だろうか? 彼女はいわゆるアメリカンセレブとして名を馳せている。米人気音楽プロデューサー、ミュージシャンのカニエ・ウェストの嫁、と聞いたらセレブと言われて納得がいくはずだ。
で、このキム・カーダシアン氏はファッションブランドの展開なども行っている。騒動が起きたのは6月25日、キム・カーダシアンが突如InstagramおよびTwitter上において、キム・カーダシアンの新作の下着のブランド名が「KIMONO」であると発表したのである。
どれ、どんな下着だ…?と見てみれば……
「おい待て、どこがKIMONOやねん」
ここから騒動は始まる。
国内や海外の着物ユーザー、海外の記者、ジャーナリストから「#kimOhno」のハッシュタグが作られ抗議の声が上がった。
「文化の盗用」「着物は下着じゃない」下着と着物が同じ名称で尊厳の部分で拒否反応が出た。だが、なぜ今回の騒動が「文化の盗用」に値するのか、その部分での論点となり、下着の是非にまで論点が飛び火した。果たして「文化の尊重」とは?
着物コーディネーターさと氏に聞く
着物コーディネーターさと氏は、着物スタイリストとして活動の傍ら、販売イベントの企画運営等も手掛け、『ファッションとしての着物』の浸透に尽力されている。今回の騒動において彼女の見解は非常に興味深いものとなった。
――宜しくお願いします。ではまず、なぜ今回の騒動がなぜ「文化の盗用」と叫ばれているか、教えてください。
さと 今までも「着物」の名前のついた商品はありましたが、何かしら着物要素を含んだ商品ばかりでした。全くの無関係である下着の名称として使用されることに対しての嫌悪感を表明するのは「生理的嫌悪感」に近かったと思います。
――なるほど。そうですね。僕も最初見た時は「どこが着物?」と疑問に思いました。
さと また、今回キム・カーダシアン氏の発表した下着は、色々なスキントーンの女性に向けた体系補正の下着でサイズ展開も豊富です。多様な人種の女性が存在するアメリカで、きっとヒットするであろうステキな商品なのですが、それを「KIMONO」と名づけることは、その中に日本人はいないと明言されているのと同等の事だと私は思います。
――なるほど。
経済的な観点からの危機
――経済的な観点からも危機が見える、とおっしゃっていましたが?
さと キム・カーダシアン氏のInstagramのフォロワー数は1.4億人、日本の人口を超えています。彼女の投稿1回だけで、#kimono のInstagramカバー写真は彼女の商品写真になりました。
片や、着物は日本国内でも衰退しています。2018年のレンタル着物などを含む総売り上げは約2800億円と言われています。少ないですよね。
――2800億……。それは少ない。それあれですよ、某パチンコ企業の売り上げの約4分の1くらいじゃないですか。※パチンコ業界ってすごいな
さと そう、明らかに衰退していますよね。人口1億2000万人の私達日本人が全員抗議をしたとしてもキム・カーダシアンのフォロワーより少ないのです。
――キム・カーダシアンすげえな。
さと そう、国内からの批判の声の数でも不利、抵抗しなければ着物の概念ごと塗り替えられてしまう可能性もあったと思います。
――たった一人でも影響力さえあれば概念ごと変えられるとは……。
さと そののち、数々のメディアで取り上げられましたが、キム・カーダシアン氏は「商標申請を取下げるつもりはないが、制限はしない」とコメントしていました。コメントしているだけで、権限はあくまで商標登録した側にありますよね。商標登録がされれば、決定権はキム・カーダシアン氏にあります。しかも「無料で名称の使用許可をする」とは一言も言っていません。
――なるほど。そうなると「KIMONO」という言葉を使うならキム・カーダシアンに支払いをしなくてはいけなくなる可能性すらある、ということですね。
さと そういうことになりますね。
署名運動も行われたが……
――それは騒動になりますわな。署名運動も起きていたと聞きます。
さと はい、万単位の抗議が来てもとりさげるつもりはない、キム・カーダシアン氏は表明し、署名活動がはじまり、インターネット上で13.7万人分集まりました。
――うーーーん、少ないような気がします。
さと そうですよね。ただ、この署名活動もキム・カーダシアン氏が「商品名を変更する」と発言しただけで署名活動を終了しました。商標登録については一切言及されていなかったのに……。
――意外とあっさり終わった、ってとこですね。
さと しかもですよ、併せて、署名の発起人が署名自体を「ユネスコ無形文化遺産登録への流用」を示唆しました。このとき、実は直接Twitterでリプライを受け取ったのですが、正直「え?何言ってるの?」でした。
――は? ユネスコ無形文化遺産? なんで?
さと 「ユネスコ無形文化遺産」に登録されれば、今後の商標登録の心配はなくなる、という事なのですが、商標申請がどうなったのかも不明なのに署名活動を終了してしまい、主旨の変更を示唆したので、ネット上では私以外の人からも抗議が殺到していました。後の謝罪も微妙な言い回しの保身コメントでしかなかったので、信頼は回復しないでしょうね。7月11日現在、署名は再開されています。
批判
――今回、騒動が起きてから、さとさんTwitter、Instagramで抗議の活動を広げ、意見を述べられていましたね、批判もあったと聞きます。
さと はい、フォロワー0のアカウントからDMが多くきました。
――わざわざ新規でアカウントを作って抗議をしてきたんですね。どこの国もやることは同じですね。
さと そうですね「文句があるなら洋服を着るな」という汚いスラング英語が多かったですね。国内からは「なんでお前が日本を代表してコメントしているんだ」と批判がありました。私は私の意見を言っているだけです。日本代表というのなら、一人一人が日本代表で意見を言うべきです。多くの声は「着物を守ることが国益を守ることになる」という理由より、怒りの方が勝ってしまっていた。国内で全員が協力してキム・カーダシアンに批判する、というわけではありませんでしたね。
業界の反応と見えてくる現実
――う~ん、なんともですね。そういえば今回の騒動、国内の着物関係者や販売側から非難の声明などはなかったんですか? 業界が黙っていられないと思ったのですが。
さと それが、6月27日に着物普及団体の「心配していません」とのコメントが発表されています。
――心配してないんだ!
さと ええ、取り上げられる記事がインターネットに上がったのですが、訪日観光客が着物を認知していたからって、世界中が着物を認知していると思い込んでいるようなコメントしか発しておらず、かなり頼りにならないな、と私は感じました。SNSでも呉服屋などからは、目に留まるような声は上がらなかったように思います。
――まずいっすね。それ。
さと 比較的若いユーザーに近い層からは「批判できるほどの知識はあるの?」等の上から目線コメントや「日本人が着物を着ないからこうなる」的なコメントもあがりました。知識がなければ批判してはいけないというのも筋違いですし、消費者にマッチングする営業展開ができずに衰退しているのは販売側の責任。悪いことは他人のせい、というマインドが垣間見え、個人的にはとてもゲンナリしました。良いなぁと思えるコメントは、少なくとも私が見ていた中ではあがりませんでしたね。
――なぜ業界は強い意見を発しなかったのでしょうか?
さと 着物は権威主義、つまり富裕層を相手に商売をしています。権威主義の営業方法が受け継がれ「金持ち喧嘩せず、上品なことが美徳」という日本独特の考えが浸透してしまっています。でも世界的にはその方法は通用しません。
国内でも年間で業界の売り上げが約2800億ほどしかない衰退産業だという認識ができていませんね。今後は経営体制の見直しはもちろん、意識の改革が必要だと思います。このままでは、自らの力では市場を広げられません。今後は和装業界内で資金と人材不足、顧客不足による先細り、それが起因となって足の引っ張り合いが発生すると思います。こうなると和装業界ごと転覆する未来しか無いです。
まだ業界は死んではいませんが、少数派であることに変わりはありません。13万件しか署名が集まらなかったのは事実です。今回は取り下げてくれたから結果オーライでしたが、決してキム・カーダシアン、取り下げてくれてありがとう、ではありません。力が強い相手に屈服するのではなく「怒る」という手段があったのに、怒り切れていなかったのがこの業界の現状なのです。一連の騒動のせいで、そういった和装業界の古い体質が、良くも悪くも炙り出されてしまいましたね。
行政の反応
――着物業界よりも行政の対応が早かった印象はありますね。
さと そうなんです。今回救いだったのは門川京都市長が早急に動き、抗議文書を送付したことや、世耕大臣のTweetでしょうか。G20の最中だったにも関わらず、突然のTweetだったので驚きましたが、経産大臣の発言によって「着物はまだ産業として認識されている」という安心感もありました。
――でもSNSでの声が大きかったので商品名変更になりひとまずは安心ですね。
さと そうですね!ブランドのInstagramも削除され、ひとまず安心しました。Twitterでも反響があり、BBCからの取材も受けました。
――BBCってあのBBCですか、すげえ。
さと 着物に対して、というよりはアメリカのセレブに文化を侵害されることに対しての関心の高さを知りました。InstagramやWeibo(中国のTwitter)では海外の方からもリアクションをいただきました。国外の方にたくさんの励ましの言葉をいただいたので、とても感謝しています。皆さんが敬意を払って下さった着物をこれからも大事にしたいですね。
キム・カーダシアンへ
――キム・カーダシアンに言いたいことはありますか?
さと 商品名を変更して下さったことには「文化への理解をありがとうございます」と言いたいですが、本人からは一言の謝罪もなかったので、また同じことにならないかとても心配です。そして彼女は依然として商標申請が取り下げになっていない事、まだまだ安心はできない状況です。度々文化軽視で話題になっているので、もう二度と日本文化を軽視したり、炎上商法のターゲットにしないで欲しいと思います。
――ありがとうございました!
時系列詳細
・2019.6.25
インスタグラムおよびTwitter上において、キム・カーダシアンの新作の下着のブランド名が「KIMONO」であると発表。
#kimonoでInstagramに投稿、それにより#Kimonoのカバー写真がキム・Kの下着の写真になる。
・同日
Twitterをメインに#KimOhNoのタグで批判が殺到。「文化の盗用」が問題視される。
・同日
各所のメディアで「商標登録済み」と報じられていたが、
https://nextshark.com/kim-kardashian-just-filed-trademark-word-kimono/
キム・カーダシアンがもつKimono Intimates、昨年来「KIMONO」関連名称を米国及びEUで出願しているが、まだ社名以外は登録されていないとTwitterで呼び掛けが始まる。
https://j.mp/2LiRYBM
・2019.6.26
英国のヴィクトリア&アルバート美術館からもタグ使用で抗議のツイート
#Kimono became the principal item of dress for all classes and sexes in Japan from the 16th c. and is still a symbol of Japanese culture. Discover real kimono here at the V&A: https://t.co/uq0TnFHdLh#KimOhNo pic.twitter.com/xfb4UnFbiv
— V&A (@V_and_A) June 26, 2019
・2019.6.27
Twitterの抗議の声をBBCが取り上げる
https://www.bbc.com/news/world-asia-48767678
他、NY Times、LA Times等でもSNS内の批判の声が取り上げられる
・同日
商標登録反対の署名活動がスタートする
http://chng.it/WgsX8xJN
・2019.6.28
Kimonoの名称変更はしないとキム・カーダシアンがコメント
https://www.latimes.com/entertainment/la-et-kim-kardashian-kimono-reaction-20190628-story.html
・同日
世耕経産大臣よりTwitterで担当者の米国派遣が表明される
着物は日本が世界に誇る文化です。しっかりと審査してくれるよう、アメリカ特許商標庁にも話をしたいと思います。 https://t.co/aFFHIwGUTV
— 世耕弘成 Hiroshige SEKO (@SekoHiroshige) June 28, 2019
・同日
国内の着物普及団体は「心配していません」とのコメントが報じられる
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190628-00000008-jct-soci
・同日
京都市長よりキム・カーダシアン宛に抗議の文書を送付
https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000254139.html
・2019.7.1
キム・カーダシアン、InstagramおよびTwitterで商品名の変更を発表
・2019.7.2
商標登録反対の署名活動、発起人の女性が署名活動を修了し、SNSで「ユネスコ無形文化遺産登録に署名の流用」を示唆。(翌日謝罪)
https://www.j-cast.com/2019/07/04361856.html?p=all
●文 / 額賀 一
●取材協力:着物コーディネーター さと