2019.05.5

僕の心には常にビートルズがいて、自分が凡人ということ。

ロンドンに行き、救いの神と崇めるビートルズについて再考することにした。アビーロードに立った所感や自分の内なる秘めてたものが改めてわかったので、ここにマイルストーンを残す。

僕とビートルズ

僕とビートルズとの出会いは今から21年前、14歳、いわゆる最も多感な「中二」の時期だ。この時期のクラスの男子の話題の中心は下ネタだ。そんな中、僕はなぜか下ネタを話すのが気恥ずかしく、着いていけずに「下ネタ難民」となった(今でもそれに近い)。では次に流行っていたこと、それはビートルズだった。僕の中学校では今思えば珍しいビートルズブームが起きていた。僕も話題についていきたくて、そのブームに乗った。親は音楽を聴く習慣はなかったから、僕は「友達が聴いていたから俺も聴いてみよう、下ネタはついていけないけど、音楽なら着いていきたい」ただそれだけの不純な理由でビートルズと出会うことができた。聴いてみたらどうだろうか、文字通り世界が二つに割れた。ビートルズ青盤のディスク2、1曲目の『バック・イン・ザ・USSR』。「オーゥ! カモン!」ポールが叫ぶとギターソロがかき乱れる。その日から僕は醒めない夢を見るようになった。

 

「オーゥ! カモン!」が我が家にやってきた!ヤァヤァヤァ!

中学生にもなれば親から小遣いをもらえるはずだが、残念ながら母子家庭の我が家には小遣いなどなかった。母に懇願し、買ってもらったのがビートルズの「赤盤」だ。解散後に作られたベスト盤、この赤盤、青盤が後の僕のバイブルとなる。近所のTSUTAYAで2枚組のCDは3600円。青盤も買えば7200円だ。母をそそのかし、7200円もの大金を出してもらい少年は人生で初めてのCDを手にした。赤盤はアイドル時代の曲が多く、尺が短い曲ばかりだ。青盤の方がお得な気分、そんな記憶もある。なによりもCDプレイヤーで初めて聴いた曲は『バック・イン・ザ・USSR』だ。「オーゥ! カモン!」が自分の部屋で流れる。自分だけのために叫んでくれる、そんな錯覚すら覚えた。音楽を所有する、この活動はこの瞬間から、現在まで20年以上継続することになる。ちなみに『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』を部屋で爆音で流していたら母にCDプレイヤーが壊れた、と勘違いされたのもいい思い出である。CDなのに擦り減るほど聴いた、赤盤、青盤、この二枚こそ僕の人生の一枚(一枚とする)だ。

 

僕がなぜビートルズが好きかってこと

なぜ僕がここまでビートルズに傾倒しているのか考えてみた。それはジョンもポールも不遇な家庭環境で育った点にある。

ジョンは父親からも母親ジュリアからも捨てられ、叔母に育てられる。ようやく再会できた母ジュリアは交通事故で不慮の死を遂げる。
ポールは母親メアリーを幼き頃に亡くしている。

僕はその事実を知った時、自分の境遇と重ねた。父親が女と蒸発したのは11歳の時、当時は何が起きたかよくわかっていなかった。「お父さんが出て行ったからもう戻ってこないから、これからは3人で暮らしていくから」母から聞いたその言葉は当初、まるで栓をひねれば水が出てくる水道ように、「あ、そう」と自分でも驚くほど当たり前のことのように受け入れた。

小さな細い体で元気に生きていたつもりだったが、今思えば外側で起きていることと内側の感情の噛み合わせがうまくいかず、ただ「大変なことが起きている」ということしか理解ができなかった。理不尽な喪失はやがて空虚になりいびつな時間がただただ流れた。ただ、少年は当時それすらも気づいていなかった。今思えば少年は泣いていた。

そんな時に、偶然出会うことができたのがビートルズだった。不遇な家庭環境からジョンもポールも、そしてなんでもない庶民の僕ですら、ロックンロールは空虚な心を埋めてくれたのだ。「英語の曲なんて何言ってるかわかんねーし」ってのが洋楽への一般論。おっしゃる通りその通り。きっとその事実を知らなければ僕はビートルズに傾倒していなかったのかもしれない。

僕は父親が出て行ってから自分があの日から、わけのわからない喪失と苛立ちとずっと闘い続け、闘えずに逃げているということが、ロンドンに行ってわかったんだ。

そしてビートルズを知ったあの日から、僕はずっと洋楽を聴いている。気づけば誰よりも洋楽に詳しくなっていた。

てなわけで、俺は夢にまで見たロンドンに一週間行ってきました。

 

アビーロードに立つ

21年後、僕はロンドンのアビーロードの横断歩道に立った。彼らの立った場所をつま先から頭の天辺まで感じ、呼吸を確かめた。4人の男たちと同じ場所に立った僕は、彼らが吸った空気を吸い込み、そして目をつむった。もちろん、ビートルズの4人が立った地に立ったからといって、なにか魔法がかかっているわけではない、総じていうと単なる横断歩道だ。それはわかってはいるはずだが、なぜか足元からじわじわと感じる血の流れを勝手に感じた。

目的はもちろん記念撮影だ。こんなにビートルズへの偏愛があったとしても、所詮アビーロードに来れば目的はなんら変わらない観光客だ。「周りの皆さんなんかより俺の方が絶対ビートルズ好きなんだけどほんと!」っと内心思っているがやることは同じだ、すごく悔しいが仕方がない。一人では定番のビートルズ事実上ラストアルバムとなった『アビーロード』のジャケット再現は難しいので、拙い英語で同じ観光客へ撮影を頼んだ。アビーロードの横断歩道は信号がなく、交通量も多いスポットだ。タイミングを見て撮影に挑む必要がある。

撮影してもらった写真は納得がいくものがなかなか撮れず、実は5日間の旅程の内、アビーロードに3回行って、6回撮影した。どうでもいいこだわりだが「自分は周りの観光客とは違う」という無駄な自尊心が現れ、ポールの真似をして右手にタバコを持って撮影した。もちろん僕は周りの観光客とは変わらない、単なるファンの一人だ。本当はジャケットの中のポールに合わせて裸足になりたかったけれど、恥ずかしいのでやめた。

アビーロードの側にあるベンチに座り、持っていたウォークマンで『アビーロード』を『カム・トゥギャザー』から『ハー・マジェスティ』まで全曲聴き、僕は少し泣いた。

 

ビートルズのせいで一般人のくせに一般人になりたくない抵抗を覚える

写真:アビーロードスタジオの塀にTHE R.O.Xのロゴが!

思えばビートルズと出会ってしまったあの日から(「出会ってしまった」といいます)、僕は普通の人生を送ることに抵抗を示すようになった。自分が普通で凡人であることは誰よりもわかっているつもりだ。だが、普通で凡人であることを確信しているはずだが、普通で凡人であることが退屈に見えてしまうようになる。

自分が凡人であり、洋楽ロックを、ビートルズを敬愛していることが唯一の誇り、そこにアイデンティティを生み出している凡人、そんなことは誰よりもわかっている。だから僕は「人と違うこと」をすることによって己の存在意義を見出しているのだ。人と違うことをしないと自分が普通で凡人であることが露わになってしまう、そこに僕は怯え、自分が神から選ばれた特別な人間であることを勘違いしていたいのだ。

近い人たちがカリスマと呼んでくれる、そんな人がいる限り、俺は凡人へ抗うことに決めたのだ。

ビートルズを聴いたあの日から、僕はアビーロードに立って確信できたんだ。

だから君は救いの神

写真:アビーロードスタジオ

ところが残念ながら、神と崇めるビートルズは僕のことなど知る由もない。ヒーローというものは大衆に夢を見させるもの、いや、大衆に一方的に、無責任に夢を見させるものなのだ。ビートルズは僕らに夢だけを見させて、特にそれ以上の見返りはしてくれない。音楽以上でもなければ音楽以下でもないのだ。ただ、彼らの音楽は僕たちの心を「支え」、「救」う。そんなビートルズを僕は「神」と称する。宗教の定義の一つが「救い」だとするのなら、ビートルズを「神」と称することはあながち間違いではない、これは立派な宗教の一つだ。

僕の心には常にビートルズがいてくれた。それだけで僕はいいんだ。

●文・写真:額賀 一