2020.01.15

ケンケンばいばい

なんで今この文章を書いているかわからないし人に読んでもらいたいのかもわからないけど、「書くこと」が俺の中で整理をつける一つの手段だ。月命日を迎え、ようやくまともな生活を送ることができるようになってきたので、書くことにする。

12月10日

ケンケンと最後に会ったのはこの日だ。早めに千歳船橋で仕事を終えて、少し酒を呑んでいたので歩いて帰るか~と下北沢方面に向けてテクテクと歩いていると、世田谷代田が見えてきた。そういえばケンケンの家近いな、と思ってケンケンにLINEした。するとすぐに返信が来たのでセブンイレブンでビールを数本買ってケンケンの家にお邪魔した。

ケンケンとは家が近いので、たまにケンケンの家に行ってダラダラ酒飲みながらYouTube見たり洋楽談義に花を咲かせていた。アポなしで行って玄関のインターフォンを押すこともよくあった。「なんだよリーダー連絡しろよ~」と最初はめんどくさそうだけど、すんなりといつも家に入れてくれてお茶を入れてくれる。ビール持ってきてんのにお茶入れてくれるんだよ、よくわかんないけど。

この日、実はケンケンと話しときたいことがあったので好都合だった。

実はケンケンはしばらくロックスを離れることになっていた。

あまり体の調子が良くないのは知っていたし、the milkholeに集中したい、ということを耳に挟んでいた。正直すごく寂しい、でも仕方ないと思っていた。

本人からは予想通り、やはりしばらく離れることを聞く。あんまり残念そうな顔するのも悪いので「お互い頑張ろーぜ、しばらくはライバルだな」といって俺は笑った。そしたらケンケンが「そうだな」と少し照れ臭そうに言った。

その日は早々とその話を終えると、いつも通り洋楽談義に花を咲かせた。

相変わらずニルヴァーナの話に始まり、

いつも通り「俺はヘヴィメタルは通ってない、リーダーはそういうとこも聞いてるからすげえよな~」と言う。
このセリフは30回くらい聞いたことがある。

「齋藤染谷って最高だよな~」the milkholeのリズム隊のべた褒めもいつも通りだ。
あと彼女がどれだけいい女か、これもいつも言う。聞き飽きた、半分聞きながらケータイをいじっていた。

あとジョー・ストラマーがどれだけ偉大かはやはり盛り上がる。それと野球、90年代のプロ野球が好きなケンケンはいつも対して似てないフォームの真似とかして笑いをとってくる。この日もお互い文化系プロ野球ファンとしていつもと似たようなプロ野球の話題で盛り上がった。

それといつもロックスの企画力のすごさを誉めてくれる。曲は誉めてくれない。誉めろよ。

もともと洋楽が詳しい人間なんてなかなか会うことがないので洋楽好きはお互いこういうときは無駄に知識を出したくなるのだ。負けず嫌いのケンケンは自分が知らない洋楽知識を言われると、悔しいのか俺が知らない洋楽知識をかぶせてくる。俺も負けたくないのでケンケンが知らない洋楽知識をいう。36歳と37歳の会話じゃない。クラスのスミでマニアックな話をしている高校生だ。

こうやってケンケンの家で酒呑んだりYouTube見たり洋楽話をするのが楽しくて仕方なかった。

ケンケンはほっといてもめっちゃ喋るので帰るタイミングを失う。この日も気づけば24時前、「んじゃそろそろ帰ろっかな」と言ってもマフラーを巻いてリュックを背負っているのに「あ、リーダーそういえばさ~」と15分くらいケンケンは俺の足を止める。うぜえ、帰らせろ。

ケンケンとの最後の会話は帰り際に言った「リーダー、ギター練習しろよ、俺が教えてやるから」だった。

「またな!」ってLINEしたら「おうよ」だとよ。その日はあまり寒くなかったので、ほろ酔いで気分もよかった。歩くにはちょうどいい気候だ。帰り道はクラッシュを聞きながら下北沢方面に向けて坂を降りて帰宅した。

 

その5日後、ケンケンは死んだ。

自分の全てが崩れた。

12月15日

夜、ギャンゲットのバーテンで酒を作っていた休憩中に夜、ケンケンの彼女から電話が来た。「は?何言ってんの?」わけがわからなくなり、藤井に電話した。信じられなくて親父さんに電話をしたら本当ならしい。わけがわからない状態になり、シェイド店長に「帰れば?」と言ってくれたけど帰ってもなにをしていいかわらかなかったので、ずっと酒を作っていた。バイトが終わった後、慰めてくれて散々呑んで散々泣いた。帰り道にスマホでメンバーに伝えた。

12月16日

1時間くらいしか寝れず、起きたら昨日のことは悪い夢だと思ってたけど本当だった。仕事の予定を全部キャンセルしちゃって意味もなく渋谷に行って、なんで来たんだろう、と思ってモヤイ像の喫煙所でタバコを吸って滞在5分で下北沢に戻り、わけもわからずケンケンの家の前まで行ってピンポンを押した。もちろんケンケンがいるはずがない。

織君から連絡が来て葬式用の写真を作ってくれた。「ギタリストとして弔ってやりたい」ほんとうにそうだね、さすが織君だよ。シラフじゃいられなくなり、いやになって家でウィスキー1本空けた。週末にトロンボーンのマッキーが別で参加しているバンドのゲストボーカル、代官山王国の忘年会に出る予定だったけどキャンセルした、ごめんなさい。タムリンからLINEが来ていろいろと慰めてくれた、ありがとう。思えばタムリンが戻ってきてくれたのもケンケンが「タムリンはバンドに絶対必要だから声かけてみなよ」って背中を押してくれたからだ。

ネットニュースで事故を調べると「30代男性」とだけ書いてあった。「30代男性」だってよ、The R.O.X&Gently Weeps Orchestra、the milkholeのギタリスト小林健太朗じゃねーのかよ。

通夜の連絡がきた、2日後の18日とのこと。

12月17日

まったく寝れずに鏡月のコーヒー割をひたすら飲み続けていたら友達から連絡が来て外に出してくれた。『すみっコぐらし』を観て磯丸水産で酒を呑んでいたらケンケンの事故現場に行ってみないか、という話になった。新宿歌舞伎町の深夜でも花を売っている店があったので3000円で花を買った。中央線で荻窪駅に向かい環八沿いの交差点に行った。すでに誰かが花を添えていた。なんでもねー交差点だった。事故を知らせる看板が立っていた。15日15時18分、ならしい。花を供えて手を合わせた。

12月18日

通夜前日にタムリンとたまちゃんがケンケンに会いに行って、通夜当日はメンバー13名がケンケンに会いに行った。2日にかけてメンバー全員がケンケンにお別れができた。わざわざ伊勢崎、平日、前日告知なのに集まるなんてよく集まったよなほんと。

滅多に着ないスーツを着て黒いネクタイを締めて香典を用意した。高崎線に揺られてぼやっと車窓から外を見ていると、利根川が冬の斜光に覆われ、悪魔がうらやむほどの夕暮れ時、逢魔が時だった。そいや死んだ映画の師匠が「逢魔が時」って言葉、言ってたことを思い出した。

集合時間になり「本庄駅」に続々とメンバーが集まってきた。タクシーの中でなんも話す気が起きなかった。みんなも察したのかなんも話さなかった、すんません。

タクシーで30分ほど乗ると斎場に着いた。すでにみんないた。メンバー以外にも親しい友人たちがわざわざ集まってくれた。

「男は人前で泣くな」と守ってきたはずなのに通夜はかつてないほど大泣きした。

通夜では親父さんのご厚意で歌わせてもらった。正直、祭壇の前に行くまでなにを歌うかなんて決めてなかった。歌った曲は『俺とバンド組もうぜ』だ。最後に会った時「こんな曲リーダーしかつくれねぇよ、最高だわ、俺は好きだね」と言って笑ってくれた曲だ。

「俺と君でバンド組めば世界は変わる」俺の世界は変わったよ。ケンケンはどうだい、ケンケンの世界は変わったかい。
半泣きでというか泣きながら歌ってたら藤井が手拍子してくれて、手拍子で会場が包まれた。

たぶんケンケンは照れ笑いしながら「リーダー、ありがとう」って言ってたと思う。

親父さんが通夜が終わった後に明るく接してくれた。俺がこんなんでごめんなさい。

本庄駅に戻り20人くらいで弔い酒をかました。帰りの電車ではみんなでビール飲みながら人狼ゲームで盛り上がった。下北沢についたらドイマが家まで送ってくれた。みんなといれば元気になる。崩壊した自分を建て直すことができる。

次の日から織君とスターウォーズを大阪まで見に行って小旅行したり、映画観たり酒呑んだり藤井に怒られたり、マッキーの演奏みにいったり代官山王国の忘年会に結局参加したり、たじみんとパイントビールのはしごしたり、おいしいもの食べにいったり、ギャンゲットの忘年会ライブに参加したりで自分を取り戻していった。

本当にみんなありがとう。悲しいのは俺だけじゃない。俺は一人じゃ生きていけない。絶望の淵にいたら誰かがいつでも助けてくれる、こんな幸せなことはない。気持ちの浮き沈みはまだ激しいけど、日常を送れるようになって、ライブができるようになったのはメンバーや周りのみんなのお陰です。感謝している。本当にありがとう。

今日は月命日、荻窪の現場に行きタバコをお供えしてきた。事故現場に行って祈っても自己満なんだけどね、わかってるけどね。12月15日から、長すぎる一か月だった。

なんで科学が進歩しているのに死んだ人間を生き返らせることって、できないんでしょうね。どんな人でも絶対に望んでることなのにね。

俺がステージにあがっても俺の横にはもう永久にケンケンはいない、洋楽の話をする相手もいない、ほんとに寂しいよ。つい2か月前は渋谷WWWのライブだった。生まれてきてよかった、ゲラゲラ笑いながら本気でそう思っていた。その時俺はこれからも同じメンバーでずっと一緒にバンドしたいと本気で思っていたし、いけると思っていた。でもその一か月後、ケンケンが死んじまったのでその願いは永久に叶わなくなった。

きっとこのことは一生残ると思う。いつも俺の頭の中のケンケンはでかい低い声で照れ笑いしている。
ケンケンは家族だ。俺たちバンドは家族だ。妹とか弟とか、兄とかそう思ってる。ケンケンは体もでかくてガラも悪くてバイクも乗っててロックも好きな俺の中で理想のお兄ちゃんだった。そんな兄貴いたらいーなー、って思ってたのがケンケンだった。すげーバカなとこがまた最高だった。

少し落ち着いてきたので書いてもいいかな、って思ってたら書いてて悲しくなってきた。馬鹿か俺は。「リーダー馬鹿だよお前は」うるせーよ。

ケンケン今まで本当にありがとう、絶対に忘れないから。
永遠に愛してるよ。ずっと家族だからな。

日本武道館、連れてってやるよ。え?なに?興味ない?うるせーよ。無理矢理連れてってやるからな。
「紅白歌合戦、出たい」って言ってたよな。連れてってやるよ、紅白。え?なに?ふざけんなって?ああそうだよね、興味ないよねごめん。大丈夫無理矢理連れてくから照れ笑いでもしててくれや。

いつかそっち行くから。地獄でまた会おうぜ、あばよ。

The R.O.X & Gently Weeps Orchestra
The R.O.X 額賀  一