2018.05.29

『オッちゃん世にはばかる』⑱:「ずるずる」

前回、「が」とかで終わったので、なにかドラマチックな展開があったんだっけか、としばし考え込んでしまったが、そうだ、同学年の女の子が洗礼を受けたのだった。

洗礼はキリスト教では入信のための重要な「儀式」なんだけど、教会(教派)によってわりと色々な考え方があるんだよね。例えばカトリックだと、幼児洗礼と言って、赤ん坊にも洗礼を授けるけど、ほとんどのプロテスタント(僕も)は、自覚的な信仰を持ってからでないと受けさせない、とか。

 

でも細かいことは置いといて、僕のところは、みんなの前で信仰告白をして、全身を水に浸すのね。白い洗礼服を着て、「洗礼槽」というバスタブみたいなところに入って、牧師が水に浸す。

 

同じ年頃の子がそういうのを受けるのを目の前で見るとですね、何やら意識せざるを得ないのですよ。「俺もそろそろ受けるのかな」って。

 

小6の夏休みに初めて「キャンプ」に参加して友達もできたし、中1でも行って、東京に引っ越しからも、夏休みの旅行がてら中2でも参加した。そうすると、やっぱり年が上がるにつれて洗礼を受けた子も増えていくのね。

 

まあねえ、理屈はだいたいわかってるのね、僕も。物心つかないときから教会に連れて行かれ、聖書を日常的に読んでいたから。だから、いつ信じたかといわれても、わからない。今まで知らなかったことを知ったのなら「そのとき」って言えるんだけど、僕にはそれがない。

 

ずるずる。それがぴったりな言葉だな。気づいたら付き合いも長くなっていて、結婚を言い出すタイミングがわからない。「お見合いすることになったの」とか言われればきっかけになるんだろうけど、神様はお見合いしない。「別れましょう」とも言わない。そのままでも、何となく毎日が過ぎていくのね。

 

だから中3の夏休みにも、僕は「キャンプ」に行った。毎週教会に行くのがマンネリ化していた僕にとって、「キャンプ」が唯一、非日常なことが起きる可能性のある場だったんだよね。

 

初めて参加した小6のとき、財布をなくして、すげー心細くなって、みんなにも心配してもらった翌日に見つかった「財布事件」。

中2のとき、風邪で熱を出し、医務室のベッドで寝ながら、楽しげなキャンプファイヤーの音を聞いていた「発熱事件」。

それと同じとき、スタッフさん所有のラジカセを僕らが落として壊してしまい、部屋のお兄さんが僕らの代わりにこっぴどく怒られた「ラジカセ事件」。

 

そういう一見小さな体験を、「何これ」「何でそうなる」と神様との関連で考えるわけですよ。そうすると、徐々に聖書に書いてあることが、体験的にわかってくる。1年のマンネリ教会生活と比べ物にならないくらい、キャンプの1週間でダイナミックに動く。

 

中3ではもうすっかり勝手がわかっていたし、最年長だし、参加が最後になるから、結構気合いが入っていた。前年の発熱の反省からコンディションばっちり整えて臨んだ。そう、その年はかなり「余裕」だった。前に住んでいた所の教会には連絡済みだったし、そこから中学の後輩でもある女子4名も参加することになっていた。

 

ああ、何だか甘酸っぱい香りがするぞ。

じゃあまた。

オッちゃんでした!

 

●文/オッちゃん
クリスチャン家庭に生まれ、高校時代に洗礼を受ける。50にして天命を知る。某プロテスタント教会所属の現役クリスチャン。趣味は読書、映画、80s、モノ書き。愛読書はもちろん聖書。編集長とは不思議な赤い糸で結ばれている