2018.04.23

『オッちゃん世にはばかる』⑯:「抵抗」

小4から中1まで住んでいた街の教会は、20人くらいで小規模だった。家から少し遠くて、家族で車で通っていた。転勤などに伴う人の出入りが激しかったけど、お別れのときは必ず送別会が催された。教会の本棚には、後に映画化されたC.S.ルイスの「ナルニア国物語」の原作全7巻が置いてあったが、なぜか読んだことはない。

 

日曜の午後に教会の男性たちがキャッチボールをすることもあり、僕もよくまぜてもらった。これには、前の教会で牧師の息子君とキャッチボールをした経験が活きた。

 

ある日曜日、大人たちが何やら忙しそうにしているので「どうしたの」と母親に聞いたら、「とくでんだよ」と教えてくれた。これは「特別伝道集会」の略だが、当時は何のことやらわからなかった。

 

教会というのは外に開かれているものなんで、別にクリスチャンでなくても行って全然いいんだが、そう思っていない人がほとんど。クリスマスとか、結婚式とか、「何かある」ときにはお呼ばれするけど、普段行くところとは思われていないんだろうな。

 

そういう「普段来にくい」人に気軽に来てもらおうと、「特別」感を出した礼拝や集会をするのが「とくでん」だ。この場合、牧師は「初めての人にもわかりやすいお話」を心掛けるものだし、聖書や讃美歌の開き方なども教えてくれるので、冷やかしで行ってみるのもいいかも知れない。もちろん、いつもの礼拝でもちゃんと親切に教えてもらえるものなのだが、「とくでん」は特に教会全体でそういう意識が高まるものだ。

 

ところで中学生になった途端、それまで教会学校に来ていた同学年の女の子たちはさーっといなくなってしまった。部活やら塾やら、忙しくなったのかもしれない。うちはクリスチャン家庭だったので、あと僕はわりと教会に馴染んでいたので、そのまま通っていた。聖書も買ってもらっていたし、教会に行くのに抵抗感をもったことはほぼなかった。・・・それまではね。

 

教会学校は小中学生合同の「(こども)礼拝」のあと、年代別の「分級」に分かれるのだが、中学生クラスは僕1人。先生も1人。毎週ひざを突き合わせて。こう言っちゃ何だが、あまり工夫のない先生で、一方的に喋るだけ。マジメなんだろうけど、話は堅いし、こちらに興味を持たせようという意図はまったく感じられなかった。マジでつまらなかった。それでも、30分耐えればよかったのだ。・・・それまではね。

 

そんな僕に仰天のオファーが来た。いきなり「オッくん、礼拝の司会やってくれる?」と頼まれたのだ。もちろん子供礼拝の、ということだが、司会は、みんなの前で礼拝の式次第をアナウンスする。「では聖書のどこどこを開いてください」「では讃美歌何番を歌います」とか。

 

何てことない・・でしょ。今考えれば。でもね、僕は極度の緊張性だったのね。子供礼拝とは言え、人前に立って喋るなんて、考えただけでもゾッとした。うーん、学校で学級委員は何度かやってるのに、何でなんだろう。未経験なことに怯えるのかな。改まった場が苦手なのかな。

 

とにかく、初めての司会に、僕は30分前から何度もトイレに行った。お腹が痛くなるのだ(ほんとに痛くなるんだよぅ)。そして何とか終えた後、家に帰って親に「司会やらされるなら、もう教会に行かない」と宣言した。ただでさえ一人ぼっちで、大して楽しくもない教会学校に、こんな苦行まで加わったら完全拒否だ。

 

これは僕の初めての教会への抵抗だったと思う。

 

親はさっそく教会学校の先生に相談したようだ。そしたら先生が謝ってきた。なんでも「中学生はオッくん一人で寂しそうだったし、何か役目を持たせてあげたいと思った」そうだ。なるほど、そういう配慮があったのか。僕が一人でつまらなそうにしていたのは汲んでくれていたのだな、と知った。

 

そういうわけで、司会はたった1回で終わった。なんか、ちょっぴり情けなさと申し訳なさと、気にしてくれていたというありがたさとを味わった、短い抵抗だった。

 

じゃあまた。

オッちゃんでした!

 

●文/オッちゃん
クリスチャン家庭に生まれ、高校時代に洗礼を受ける。50にして天命を知る。某プロテスタント教会所属の現役クリスチャン。趣味は読書、映画、80s、モノ書き。愛読書はもちろん聖書。編集長とは不思議な赤い糸で結ばれている