2018.04.17

『オッちゃん世にはばかる』⑮:「クリスマスプレゼント」

僕はまあ、わりと本が好きだったので、学校の図書室からもしょっちゅう借りていたし、親もよく買ってくれたんだが。

 

小学6年生のときのクリスマスプレゼントに、僕はかねてから欲しかった、超特級の本をねだった。世界で最も読まれているベストセラー、ロングセラーにして、小学生の小遣いでは絶対買えないお値段の本。

なんであろう、それは「聖書」だ。

学校の校門とかで無料で配られたり、ビジネスホテルに行くと引き出しに置いてあるやつは、「新約聖書」つまり聖書の新しいほうの部分ですね。古いほうの「旧約聖書」は、新約聖書の3倍くらいある。

旧約聖書は「古くてもう使われていない」のではないのね。書かれた時代が古いというだけで、現役なの。旧約と新約の両方合わせて「聖書」。これはセットなの。これ知っているだけで、キミもりっぱな聖書通。

僕は小さい頃からずっと教会に通っていたんだけど、小学生くらいだと、自分の聖書というのは持っていなくてもあまり困らない。話は昔話みたいで易しいし、配られるプリントに書いてあったりするので。

だけど聖書がないと、教科書がないようなもんだから、もうちょっと知りたいとか、あの話を読みたい、というときに困る。夏のキャンプのときは親のを借りて行ったと思うんだけど、やっぱりちゃんと自分の聖書が欲しいと思ったのね。

あれ、高いんですよ。5000円くらいする。なので、クリスマスプレゼントにねだったの。もう少し待てばお年玉でも買えそうなもんだが、そこは子供ながらに計算するわけですよ。キャンプに行って「聖書欲しい」って言えば、そりゃあ親だって喜んで買うでしょ。

で、めでたく買ってもらいました。

ずしっと重い。ちょっと大人になった気がしたね。

教会に革細工をやっているおばさんがいたので、カバーも作ってもらった。聖書に、この世で一つの本革カバー。なでなでしちゃったりしてね。

引いてるね、キミたち。

わかってるよ。

だいたい、聖書に何が書いてあるというのだ。

・・そこからだよね。

 

聖書は、お経のようなものではない。読めば普通に理解できる、日常の言葉で書いてある。

そう、聖書は難しくはない。もちろん理解しにくい部分もあるが、ほとんどは小学生でもわかる。実際、小学生が教会で学んでいる。

だけど、聖書は単純ではない。ことわざのような奥深さ、コンピュータプログラムのような緻密さ、大河のような懐の大きさ、大空のような雄大さがある。だから何度でも、何歳でも、読み飽きることはない。

そして、ここがとても大事なんだけど、聖書は作り話ではない。作り話だと思って読む人がいてもいいけれど(つーか、そういう人が大部分だと思うけれど)、少なくとも聖書を書いた人は、作り話として書いたのではない。

もちろんそういうことは、小学生のときには十分にはわかっていなかった。だけど、そういう気配は感じていたんだろうな。だから、自分の聖書が欲しかったんだと思う。

じゃあまた。

オッちゃんでした!

●文/オッちゃん
クリスチャン家庭に生まれ、高校時代に洗礼を受ける。50にして天命を知る。某プロテスタント教会所属の現役クリスチャン。趣味は読書、映画、80s、モノ書き。愛読書はもちろん聖書。編集長とは不思議な赤い糸で結ばれている