2018.03.21

『オッちゃん世にはばかる』⑫: 「喘息はつらいよ」

小学4年生になる春休み、父親の都合でまた転校しました。

営業マンはつらいね。

 

今度は正真正銘の地方「都市」。

前回書いたように、僕は登校拒否になりかけたのを乗り越えて、3年生では学級委員にもなったんだけど、今度は「都市」に行くんで、友達から「都会はみんな頭いいから、落ちぶれるぞ」とか散々おどされたわけですよ。

それで変に身構えてしまって、「なめられたらあかん」とか思ってたのね(「あかん」は演出ね)。

 

それでどうしたかというと、新学期早々、授業で「わかる」「知ってる」を連発したの。

 

ああ、なんていやなガキ。

当然「今度来た『オ』は生意気だ」ということに。

はい、村八分状態になりました。

休み時間に校庭でみんなが手打ち野球とかドッヂボールとかしているところに「入れて」と言っても「やんだ、おめーなんか」と言われる(「やんだ」は方言ね。さてどこだ)

 

それでも自分がなぜ「生意気」と言われるのか、しばらく自覚してなかったね。

昔に戻って言ってやりたいよ。

 

やがて喘息を発症。

呼吸が出来なくて、何度ももう死ぬと思った。

大学病院とかいろいろ検査に行って、そのうち良い医者がいるというんで、学校から帰ると、毎日夕方に父親の車に乗せられて医者通い。

1日分症状を抑える注射を打つんだけど、金曜日は週末3日分効くやつで、特別痛い。

僕も大変だったけど、ほんと、オヤジも大変だったと思うわ。

4年生の秋から春にかけて、半年くらい通ったかな。

 

相変わらず「生意気」扱いされていたけど、僕もさすがに学習して、だんだん友達もできたし、男の子はみんな「プロ野球選手」を目指していた時代だから、僕も野球したくてね。

でも運動すると夜に喘息の発作が出るから、外遊びも制限されて。

 

「友達の家で遊ぶ」と言って出かけて、実は野球してて、夜に呼吸困難になってばれたり。

 

夜中、息苦しくて目が覚めて、天井を見上げながら、「僕、死ぬのかなあ。死ぬってどんなかなあ」って。

小学4年生だよ。

でも、まだこうして生きている。

人生、わからんな。

じゃあまた。

オッちゃんでした!

 

●文/オッちゃん
クリスチャン家庭に生まれ、高校時代に洗礼を受ける。50にして天命を知る。某プロテスタント教会所属の現役クリスチャン。趣味は読書、映画、80s、モノ書き。愛読書はもちろん聖書。編集長とは不思議な赤い糸で結ばれている。