2017.12.23

友よ、映画狂の詩を唄おう

『友よ、映画狂の詩を唄おう。』

ロックスです。東京饗宴の編集長です。我ながら、我ながらなタイトルを付けたと思う。

前回はスターウォーズエピソード8の話をずっとしていましたが、ここで箸休め。

かつて長州藩の吉田松陰先生が「諸君、狂いたまえ」と言ったのはいい例であり、「狂おしいほど」なにかが好きであること、これが東京饗宴のすべてである。

なんでもいい、自動販売機で売っているスプライトでもいい。平井堅でもいい(今ちょうど近所のジョナサンでこの記事を書いていたら平井堅がBGMで流れた)、セブンスターでもいい。クロスビー・ステイル・ナッシュ・アンド・ヤングでもいい、はっぴいえんどでもいい、サルバドール・ダリでもいい、なんでもいいから狂おしいほど好きになる「価値」があるのならそれは間違いなく「世界を変える」ものである。

更に言うならば異常なまでに何かを「好きになる」ということはある種の才能である。なぜなら大抵の人はあなたが「好きなこと」はそこまで好きではないから。そこまで好きに、いやましては狂おしく好きになるのなら、それはあなたがそれを好きになる才能があったということである。好きになるにも楽ではない。たまたまかもしれないけどそこには才能があるはずである。もちろん、「好き」といえば、当然、「恋愛」でも同じこと。

それが私にとっての「映画」であり、そして「音楽」である。(音楽に対してはまた後日、今日は映画)

私は映画が好きである。狂おしいほど、狂気じみたほど映画狂い、いやまだ甘い。今後さらに映画を好きであることを、さらに好きになる。それが「狂」ということであろう。

クライムムービーなんて呼ばれているように映画界では「犯罪者」が主人公になり得るのだ。そう、皆さんがテレビで連日見る「犯罪者」が主役、そして称賛されるのだ、今となっては当たり前、「クライムムービー」好きなんだよね~、なんて言うが、よくよく考えたらなかなかである。なかなか。

ジャンルを一つとってみてもこれは「狂う」価値がある。こんな面白い世界があなたの身近に、すぐに体感することができる。私は、めくるめく映画の世界へあなたを誘い、そして狂わせたい。

だから友よ、映画狂の詩を大声で、共に唄おうではないか。

●文 / 東京饗宴 編集長 ライター・ロックス